大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)605号 判決 1971年4月08日
控訴人
松室良孝
代理人
福岡彰郎
他二名
被控訴人
坂田俊次
他一名
代理人
角南瑞穂
他二名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一訴外大栄産業株式会社がかつて原判決別紙目録記載の本件各土地を所有していたこと、被控訴人らが、昭和二二年春ごろそれぞれ本件各土地を買い受けたことを理由に右会社を相手どつて、(一)本件の土地については被控訴人坂田を、本件(二)の土地については被控訴人賀来を各取得者とする売買による所有権移転登記手続請求の前訴を提起し、請求認容の判決を得たこと(大阪地方裁判所昭和三四年(ワ)第二七七四号)、右第一審判決は、控訴・上告を経て確定したこと(大阪高等裁判所昭和三五年(ネ)第一一五四号・最高裁判所昭和三八年(オ)第一〇七二号事件)、右第一審判決言渡しの直前に大栄産業が本件各土地につき控訴人に対し贈与を原因とする所有権移転登記をしたこと(神戸地方法務局尼崎支局昭和三五年六月一三日受付第一二〇四四号)、等の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二被控訴人らは、大栄産業・控訴人間には右登記原因たる贈与契約はなく、あつても虚偽表示であると主張するので、まずこの点から判断を進めるに、<証拠略>によると、つぎの各事実を認めることができる。
(一) 前記大栄産業株式会社は、訴外松室馨が代表取締役社長として実権を握り、傘下にかなりの数の傍系会社を擁していたところ、重要財産の処分については、その都度取締役等にはかることにしていたため、相当不便を感じていたこと。
(二) そこで、昭和三五年に傍系の大栄興業株式会社のために多額の資金調達をはかる必要が生じたことから、当時被控訴人らと係争中ではあつたがなお大栄産業の所有名義となつていた本件各土地をその周辺の土地とともに形式上社長の息子の控訴人名義に変え、臨時担保設定等の措置を講じうるようにするため、大栄産業から控訴人に対し前示移転登記を経由したこと。
(三) このように、右移転登記はもつぱら大栄産業の資金調達の便宜のため外形上控訴人名義にしたにすぎず、控訴人自身もそのことを了承し、ことに当時係争中の被控訴人らと大栄産業との間の本件各土地についての前示訴訟で、もし大栄産業が敗訴し被控訴人らに移転登記しなければならなくなつた際は、その結果を甘受するつもりでいたこと。
以上のとおり認定できるところ、<証拠判断略>他に右認定を動かすべき証拠はない。
三前段で認定した各事実によれば、大栄産業から控訴人への本件各土地の移転登記は、贈与その他有効な登記原因を伴わない通謀虚偽表示に該当し、しかも大栄産業の資金調達の便宜以外の何ものでもなく、控訴人自身のため登記名義を保有すべきなんらの利益も理由もないものといわざるをえない。すなわち、控訴人はもつぱら大栄産業のために、同社に代わつて登記名義人になつているにすぎずこれを本件の訴訟追行についていうと、控訴人が被控訴人らの本件登記請求を拒むのは、ひとえに大栄産業のために抗争しているものとみなければならない。このことは控訴人が大栄産業の社長の息子であり、大栄産業自身が訴えられた前訴の結果を甘受するつもりでいたことおよび控訴人が当審において自ら申請した本人尋問を撤回した訴訟経過に照らして考えると、一層明らかになつてくる。換言すれば、本訴の実質上の当事者(被告・控訴人)は大栄産業それ自体であり、同社が自己に対し実体法上依存関係にある控訴人の名の下に応訴しているものと見るべきである。
ところで、被控訴人らが本件登記請求の理由とするところは昭和二二年春ごろ大栄産業から本件各土地を買い受けたというのであり、これは、大栄産業を相手どつた前訴の請求原因とまつたく同一である。しかもこれが右前訴における唯一の争点として審理され、右売買を肯定する旨の事実上および法律上の判断が示されたことは、<証拠略>により明らかである、また、右事件が控訴・上告を経て大栄産業の敗訴に確定したことは、すでに説示したところである。一方、本件において控訴人は、右大栄産業と被控訴人らとの間の売買を否認して抗争しているけれども、前示のような立場にある控訴人の右抗争は、結局前訴におけると同一の争いのむし返しにほかならない。
わが民事訴訟法第二〇一条第一項は、確定判決の効力が当事者以外に生ずる場合の一つとして、「請求ノ目的物ヲ所持スル者」を掲げている。ところで、「登記」を「所持」または「占有」に対比して考えることは、しばしば行なわれているところであり、現に同条項にいう「口頭弁論終結後ノ承継人」の範囲を画するにあたつて、「登記名義の移転」を「占有の承継」と同列に扱うことにつき異論を見ないのである。そうすると、本件の控訴人のように、たとい前訴の係属中に所有権移転登記が行なわれたにしても、単に前訴の当事者のために登記名義人になつているにすぎない者は、請求の目的物の所持者に準じ、これに既判力を及ぼす類推解釈が可能となる。これに対しては、本件のような移転登記請求の場合は形式上の登記名義人を相手として別訴を提起しなければならず、承継執行(民訴四九七条ノ二)の観念を容れる余地のないことから、逆に右類推解釈を否定する立場も考えられる。しかし、別訴を要することは登記手続の技術的要請にすぎず、このために右類推解釈をしりぞけることはできないと解すべきである。
当裁判所は、右の理由により形式上の登記名義人に対しても実質的当事者の受けた確定判決の効力を拡張する法解釈も許されるものと考える。してみると、控訴人が大栄産業と被控訴人らとの売買を否定して本訴請求を拒んでいるのは、前訴の確定判決におけると異なつた事実上および法律上の判断を求めることに帰着し、右判決の既判力に抵触するから、許さるべきでない。
右のとおりで、被控訴人坂田が本件(一)の土地を被控訴人賀来が本件(二)の土地を大栄産業から買い受けてそれぞれその所有権を取得したことは、控訴人においてこれを争いえないことになつたものといわなければならない。したがつて、被控訴人らはそれぞれ取得した本件(一)(二)の土地につき、現在の登記名義人たる控訴人に対し直接に、所有権移転登記手続を請求できるものというべきである(「直接に」)請求できることについては、最判昭和三四年二月一二日民集一三巻二号九一頁参照)。
四よつて、被控訴人らの請求はいずれも理由があり、これを認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。(沢井種雄 賀集唱 潮久郎)